北八ヶ岳代表 麦草ヒュッテオーナー
島立正広(しまだてまさひろ)さん
1957年生。6年間の東京生活から24歳で帰郷し、麦草ヒュッテ2代目となる。20代後半からクロスカントリースキーやテレマークスキーを地域に広め、現在は北八ヶ岳苔の会の主要メンバーとして北八ヶ岳のコケのすばらしさを広げるなど、新たな魅力の掘り起こしと地域活性化に努めている。
南八ヶ岳代表 硫黄岳山荘グループオーナー
浦野岳孝(うらのたかゆき)さん
1960年生。大学卒業後製鉄メーカー勤務を経て、37歳で帰郷。初代(祖父)が1950年(昭和25年)に拓いた「硫黄岳石室」を「硫黄岳山荘」とした父の跡を継ぎ、3つの山小屋(『硫黄岳山荘』『根石岳山荘』『夏沢鉱泉』)の経営を担うかたわら、稜線の山荘での水洗トイレや山麓の山荘での水力発電機の設置、高山帯(稜線)での鹿よけネットの設置や、鹿の捕獲、ガイドツアーの実施をはじめとする環境保全活動にも精力的に取り組んでいる。
南北にいくつもの山が連なる八ヶ岳。ちょうど中間にあたる夏沢峠を中心に、北側を北八ヶ岳、南側を南八ヶ岳と呼んでいます。
今回は、中学高校の先輩後輩の間柄であり、共に長年山小屋を経営してこられた、麦草ヒュッテの島立正広さんと、硫黄岳山荘の浦野岳孝さんに、北八ヶ岳と南八ヶ岳を代表して、それぞれの魅力を語っていただきました。
男性的な南八ヶ岳と、女性的な北八ヶ岳
浦野:最高峰の赤岳をはじめいくつものピークがあり、アルペン的な雰囲気のなかで本格的な登山を楽しんでいただけるのが南八ヶ岳ですね。高山植物も豊富で、景観も素晴らしい。例えば、森林限界を超えた非常に荒々しい岩稜帯なのに、手前には可憐な高山植物が揺れているとか、赤岳を挟んで富士山と南アルプスが眺められるとか…。何度見てもそのつど心が癒されるような素晴らしい景色に出会えるのも、大きな魅力だと思いますね。
島立:対して北八ヶ岳は森林帯と湖沼からなる高原のイメージで、いわゆる登山というより、森の中を歩くという感じ。四季折々の自然とのふれあいを楽しめるというのが、北八ヶ岳の魅力だよね。その対比から、昔から、南は男性的、北は女性的なんて言い方をされてきたんだけれど、そもそも南とか北とかって、誰が言い出したんだろう?
浦野:それがよくわからないんですよ。多分、何かの本に書かれたのは始まりなんじゃないかと。北八ヶ岳のなかでも天狗岳なんかはアルペン的な雰囲気があるから、山容的な分け方をするのであればまた違ってくると思うんですよね。
島立:そうだよね。天狗岳と箕冠山(みかぶりやま)が逆になっていたら、すごくわかりやすかったのにね。ともあれ、縦走すると二面性を味わえるというのは、八ヶ岳ならではの魅力だよね。できれば、2泊、3泊しながら歩いていただくと、国内のいろいろな山並みを味わえてすごく楽しいと思いますね。
男性的な南八ヶ岳
女性的な北八ヶ岳
最大の魅力は「山小屋のおやじ」が醸し出す個性。
泊まってみたくなる山小屋がいっぱい!
島立:僕らのようないわゆる「山小屋のおやじ」が各々の山小屋にいて、その小屋の雰囲気を作り出しているという点も非常に八ヶ岳らしいと思うんだよね。
北八ヶ岳の場合だと、目指すピークのない小屋にどうやって来ていただこうかといろいろと知恵を絞るなかで、例えば周辺の自然的な現象に深入りしていただこうと苔を取り上げてみたり、宿泊施設としての魅力を高めようと食事を充実させたり…。それがそれぞれの山小屋の個性になり、魅力になっている。それだけに、こだわりの強いオーナーも多いよね。ちなみに、最近は近隣の若手がすごく頑張っていて、料理も、スイーツも、オリジナル商品やイベントなどの企画ものにしても、それぞれ個性を前面に打ち出している。負けていられないな、老いている場合じゃないなって、刺激されています。
浦野:南八ヶ岳は、大体1時間半も歩けば次の小屋があるという環境です。ちなみに、硫黄岳の山頂からは10軒もの山小屋が見える。すごい密度ですよね。登山者にとっては、安全で便利な山ということですし、我々にも、限られたエリアのなかでみんなで仲良くやっていこうという意識が醸成されていて、良い雰囲気だと思います。私も、自分の小屋へ行く途中に他の小屋があるので、立ち寄って、声を掛けたり情報交換をしたりするんですが、みんなそれぞれ個性を発揮しながら頑張って山小屋を経営しているので、楽しいし刺激にもなりますね。
他の山域の方から、八ヶ岳はまとまっているように見えるとよく言われるのですが、実際におよそ20名のオーナーが、北も南もなく仲間意識を持って同じ意識で運営している。とても良いことだと思っています。
度量の大きな八ヶ岳。楽しみ方も千差万別
島立:僕は山のプロというほどではないんだけれど、生まれた時からここで育ってきた、要は山の子なんだよね。だから、山のなかでいろいろなことを感じ取ることは得意ですね。これは僕に限ったことではなく山小屋の経営者はみんなそうだと思うんだけど、自分の山小屋とそれを取り巻く環境が大好きなんだよね。だから、お客さんを自分が好きな世界に案内したいし、一緒にそれを楽しんでもらえたらと思っています。
ちなみに麦草ヒュッテは国道沿いにあるので車で来ることができるけど、実際には2100mを超えた山であり亜高山帯に属するわけで、そこには、苔はもちろん、ふと目をやれば、クモとか、蛾とか、地衣類とか、キノコとか…いろんなものが目に入るし、ここにしかない世界が広がっている。新しい発見や出会いもきっとあるんじゃないかな。小屋には、ルーペや顕微鏡も用意しているので、一緒にそういう世界を楽しめたら嬉しいですね。
浦野:南八ヶ岳の主役はやっぱり赤岳で、赤岳を目指されるお客様は多いです。その点、うちはけっして赤岳に近いわけではないので、ピークハントからは外れるんですね。だからというわけではないんですが、せっかく山に来たんだから、いろんな楽しみ方を知ってもらいたい、自分に合ったスタイルで楽しんでもらいたいということで、以前は「八ヶ岳自然と森の学校」(現在休止中)を、現在は、バードウォッチングや高山植物の勉強会をやっています。同じように山を登るにしても、高山植物を知ったり、鳥の名前を覚えたりすることで、楽しみの幅が広がると思うんですよね。
それから、もちろんうちの山小屋を繰り返し使っていただくのも嬉しいんだけれど、私の中には、八ヶ岳ファンをもっともっと増やしたいという気持ちがあって、いろんな山小屋を泊まり歩きながら毎年八ヶ岳を楽しむといった方が増えてくれたらいいなと思っています。
島立:同じ場所へ行くにしても、夏と冬では全然違う世界が広がっているし、あるいは、同じ季節、同じ場所であっても、去年と違うなというのがあるだろうし。今見えているもの、触れているものは一期一会で、今この瞬間に見えているものは二度と来ないかもしれないというのも、自然に身を置くおもしろさでもあると思うんだよね。
浦野:山を登っていても、去年は大変だったけれど、今年は楽だったと。じゃあ、来年はもっと楽勝で登れるように体を鍛えようかとかね。ご高齢の方の中には、何歳まで登れるかと毎年挑戦する方もいらっしゃるんですよ。「80歳まで登れるかなぁ」。「いやいや88歳まで登りましょうよ」なんてね。そんな会話が成り立つような山小屋でありたいなと思いますね。
島立:八ヶ岳は、冬も営業している山小屋が多いのも特徴だよね。冬の赤岳はさすがに登山経験が豊富でないと難しいだろうけど、北八ヶ岳だとロープウェイもあるし、白駒池あたりの比較的平らな部分だけを歩くなら冬山入門の方でも大丈夫かな。
八ヶ岳はいろいろな顔を持つ山だし、情報もいっぱいあるんだから、僕らが万人におすすめのコースを紹介するよりも、お客さん一人ひとりが、自分で考えて、自分にあった楽しみ方を見つけてくれたらうれしいよね。山小屋のオーナーも、若手もいればおっさんもいるので、そういう人たちとコンタクトを取ることも、おそらくもう一つの楽しみになるはず。例えば硫黄岳山荘に行けば浦野さんがいるので、「浦野さんいますか?」と訪ねていくのもおもしろいんじゃないかな。
浦野:ええ、大歓迎ですよ(笑)。
それから、人間って向上心がありますよね。八ヶ岳は、その向上心を刺激する山という側面もあるように思います。例えばファミリー登山なら、日帰りの山歩きからはじめて、小屋に泊まって稜線を歩いたり、テント泊で岩登りを楽しんだりと、お子さんの成長と共に難易度を上げていくというのもいいですよね。八ヶ岳にはいろんなフィールドがあり、目的がつながっていく山だと思うので。
ルールを守りつつ、八ヶ岳を楽しみ尽くしてほしい
島立:最近気になっているのが、下山する時間が遅くなっていること。何をするにしても安全に下山するのが大前提なので、どんなに遅くても16時くらいには、帰路につくなり、山小屋に入るスケジュールを組んで欲しいよね。
浦野:そうですね。我々山小屋は、救急の対応をしなければいけないという責務を感じていますが、遅くなるとご本人も危険も然ることながら、万が一何かあった時の対応も大変になりますからね。それから、長野県の場合、登山道のメンテナンスは我々山小屋が担当しています。当たり前にあるものでも、自然にできているものでもないので、そのあたりはご理解いただき、大切に歩いてもらえたらと思いますね。
島立:八ヶ岳には、いろいろな山小屋があり、楽しみ方があるので、ぜひ一度泊まってみてください。山小屋デビューのみなさんも、全力で歓迎します。
浦野:八ヶ岳は、初心者からベテランまで受け入れる優しい山です。疲れた心や体も癒され、きっとリフレッシュできると思いますよ。私たちにもぜひ会いに来てください!お待ちしています。