主峰・赤岳を中心に峻険な峰々がそびえる南八ヶ岳とは対照的に、穏やかな山並みが連なる北八ヶ岳には、手付かずの原生林が残り、神秘的な雰囲気が漂う苔の森が広がっている。八ヶ岳連峰は、複数のピークを縦走するフィールドとしても人気。だけど山の楽しみはピークハントだけじゃない。初めて山に来る人も、体力に自信がない人も、それぞれの楽しみ方を見つけられるのが山の魅力。そこで「山小屋に泊まってゆっくりとした山時間を楽しもう！」と、訪れた北八ヶ岳・白駒池周辺。苔の森と湖が待つ２泊3日の山旅がはじまる。

「メルヘン街道」と呼ばれている国道299号は、国道としては日本で2番目に高い、標高2,127mの麦草峠を越えて北八ヶ岳を横断していく快適なドライブコース。国道沿いの駐車場から白駒池までは約15分ほど、よく整備された道を歩いて行く。歩き始めるとすぐに、周囲には苔むした原生林が広がり、まるで見えない扉を開いて別世界に入ったような雰囲気に包まれた。日本に生育する約1,800種の苔のうち、約500種近くがこのエリアで確認されていて、日本蘚苔類学会により「日本の貴重なコケの森」に選定されている。苔の宝庫といえる森の真ん中で深呼吸をしてみると、心地良い森の空気と香りが体の中にスッと入ってきて「森が待っていてくれた」と感じた。

山深い森の中、標高2,115mの地に姿を現す白駒池。その湖面はまるで鏡のように、青い空や白い雲、美しい秋色に染まる湖岸の木々を映していた。白駒池は標高2,000mを超える高所にある湖としては、日本最大の天然湖であり、湖水は透明度が高く、清々しい輝きに満ちている。湖のほとりや森の中を約40分ほどで周遊できる木道も整備されていて、コメツガやシラビソの巨木もある深い森の中に、まるで柔らかな緑色の絨毯のように見える苔が、岩や大木を覆う様子を間近に観察できる。自然界が見せてくれる風景は、見る場所や角度、そして時間の経過と共に変化していく。その様子を肌で感じながら楽しむ森歩きは、ホッと安らぐ癒しの時間をプレゼントしてくれた。

白駒池をひと回りして湖畔の「青苔荘」に立ち寄った。売店では苔に関するグッズの販売や、苔についての情報発信もされていて、日本固有種の「ムツデチョウチンゴケ」や、日本最大のスギゴケ「セイタカスギゴケ」などの名前を覚えることができた。名前を知ったことで苔がぐっと身近に感じられ、明日の苔観察はさらに楽しくなりそう。

白駒池を一周めぐり終え、今夜宿泊する「白駒荘」に到着。部屋に入ってまずバックパックから宿泊時に使う小物や着替えを取り出して、使いやすいように整えてから、夕食の時間まで外のベンチでコーヒーを飲みながら、白駒池の夕景を眺めた。周囲の森に縁取られるように見えている空に間もなく星々が煌くだろう。ここには、山小屋に泊まるからこそ経験できる豊かな時間が流れている。

白駒池から高見石を結ぶルートは、白駒池北分岐から始まる傾斜が緩やかなルートと、白駒荘の横から始まる最短ルートの2つがある。今回は急登がなく歩きやすい白駒池北分岐からスタートするルートを選んだ。この登山道は「カモシカの森」と名付けられた森に囲まれていて、原生林と苔の景観がとても美しい。道が歩きやすいので、気分的にも体力的にも余裕があるから、ゆとりを持って自然観察ができる。途中でひと休みしながら、ゆっくり登っても高見石小屋までは1時間少しで到着。息も上がることなく楽しく歩くことができた。体力に自信がある人は、にゅうや中山峠方面をまわり、高見石に向かうトレッキングを楽しむのもおすすめ。「中山展望台から見る天狗岳は圧巻だよ」と、昨夜白駒荘で出会った人に教えてもらった。次は行ってみようかな。

北八ヶ岳の深い森の中に、大きな岩が積み重なる光景が忽然と現れる。そのピークにある岩が高見石と呼ばれ、大展望が楽しめる場所として人気スポットになっている。登る前にはバックパックをデポして身軽になり、両手を空けて安全性を確保してから登ろう。登り切って岩の上に立つとそこには息をのむような絶景が待っていた。深い緑の樹海の中に、青空を映して美しく輝く白駒池や、浅間山などの山々が連なる風景が広がっている。八ヶ岳連峰は南北に連なる火山群であり、ここにある大きな岩も溶岩の名残りだという。「遥か昔から山はずっとここにあるんだ」という事をあらためて実感し、そこに佇むことができている「今」に感動が込み上げてきた。

2日目の宿泊は「高見石小屋」。チェックインをしてから再び高見石に向かった。昼間とはまた違う夕方の風景がそこにはあった。刻々と表情を変えて行く夕景をゆっくり眺めることは、日帰りでは叶わない。小屋に戻るとランプの灯りに包まれた癒しの空間が迎えてくれた。山小屋を訪れるたび、偶然同じ日にこの場に集った人たちや、山小屋のオーナーやスタッフの方々とふれあう中で、気持ちが安らいでいくのを感じる。「山小屋っていいな。山は楽しいな」という思いで満たされていく、いい時間の流れが好きだ。

夜、暖かい服装に着替えて外に出てみた。まるでプラネタリウムのように空いっぱいに星々が輝いている。
「何もしないで、ただここに居るだけの時間」という贅沢を満喫した。

明日の朝は早起きをして、早朝の景色に会いに行こう。今回の山旅は、神秘的な北八ヶ岳の多彩な自然の素晴らしさと尊さを教えてくれた。「ありがとう」と星空に向かって言ってみた。明日も楽しく森を歩いて、元気に帰路につこう。２泊3日の思い出と共に。